2013年3月26日火曜日

ウッタラ法師がダイタラボッチで景行天皇



 出典:篤姫を生んだ鹿児島こそ
    スメル八千年帝国の理想郷だった
   『言語復原史学会:加治木義博』
    KKロングセラーズ
    112~113頁

 「5章 一気に解けた、謎の天皇家の出身

 《ウッタラ法師がダイタラボッチで景行天皇
 「ウッタラ法師がダイタラボッチで景行天皇

 
 景行天皇は『日本書紀』には

 「大足彦・忍代(おしろ)別 天皇」と書いてあり、

 『古事記』には

 「大帯日子・於斯呂(おしろ)和気 天皇」と書いてある。

 この名乗りは『魏書倭人章』 に、

 卑弥呼が貌に派遣した人物の一人

 「載斯烏越(つあいおうじお)」の烏越が「オシロ」だし、

 載斯は戴斯(たいし)の写し間違いだとタイシで

 「太子オシロ」を意味するから、

 まさに即位前の景行天皇の呼び名そのもので、

 その実在と、これらの名乗りが史実だったことは疑いの余地がなく、

 ほかの登場者もみな同時代の文献に書かれている人たちなので、

 この天皇の実在は間違いない。

 『日本書紀』と『古事記』では文字が違うが大足彦も大帯日子も、

 ともに「オオタラシヒコ」と読まれてきたが、

 「オオタラシヒコ」は「オオタラ之日子=大多良の日子」だと考えると、

 鹿児島方言で「大多良」が本来の名乗りだったとわかる。

 我が国には、

 関西以東に「だいたらぼっち」という名の巨人がいたという伝承や、

 その足跡だという遺跡が数多く残っていて、

 その名も東京世田谷の代田橋をかけたダイダボッチから、

 神奈川へかけてのダイラボッチ、

 東日本全般に多いダイダラボウシは

 東北の大太郎法師や大太郎坊主の訛った

 ダイタラボッチが一番広く分布している。

 そして大半が巨大な足跡の話と、それだという凹みが存在する。

 これらはすべて「大多良」をダイタラ、ダイダラと

 読み損なったものに見える。

 大半が巨人であることは、大人弥五郎と同じである。

 そして大きな足跡が残っているのが

 「彼が実在した何よりの証拠だ」というものも多い。

 こうした伝承の分布は広く、その研究も多いが、

 この名が景行天皇の名乗りと同じで、

 それが天皇家と関係があると気付いたものは一つもなく、

 この巨人伝説群は幼稚な農民の怪物童話で、

 何処にでもある巨人伝説の一種だ、

 として片付けているだけである。

 だが我々の「言語復原史学」による検討の結果、

 そんな幼稚なものではなく、

 この名はこれまで謎に包まれていた、

 天皇家の出自のナゾを一気に解く、

 世界でも希な凄い証拠になった。

 法師は僧、足跡は仏足石、

 まさに宣布団の実在証明が大量に完備した、

 大変な超文化財だということがわかったのである。

 事は余りにも重大だと言うほかない。

 よく注意してお読みいただきたい。



 《スメル(シュメール)文明
 「スメル(シュメール)文明

 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

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 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
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