2013年3月14日木曜日
大隅正八幡=我が国統一に貢献した皇居跡
出典:篤姫を生んだ鹿児島こそ
スメル八千年帝国の理想郷だった
『言語復原史学会:加治木義博』
KKロングセラーズ
89頁
「4章 邪馬壹国の守護が嶋津家の任務」
《大隅正八幡=我が国統一に貢献した皇居跡》
「大隅正八幡=我が国統一に貢献した皇居跡」
九州でも、国司や官吏が定年で交替した後も、
退職者は居座って残り、それまで通り支配し続けようと、
子弟どもも法を無視して党を作り群居して、
人々を苦しめ、官に対抗して後任者を痛めつけてのさばる
「二元支配」が当然のようになっていた。
その結果、
南九州は正八幡領と嶋津之庄の二大荘園に分かれて対立していたのが、
当時の実情だった。
正八幡というのは『扶桑略記』などに
「辛国(からくに)に八流れの幡(はた)と
ともに天降った三歳の童子で
『我は日の本の誉田天皇、広幡の八幡麻呂なり』 と名乗った」
とある神である。
最古のものが大隅(おおすみ)正八幡で、
鹿児島県姶良(あいら)郡隼人(はやと)町にある現在の鹿児島神宮だが、
その起源は、『記紀』神話のオオヒルメと八幡の時代にさかのぼり、
全国にある八幡様の総本山であり、我が国最初の神社である。
その実体は
オオヒルメ=神功皇后と八幡=応神天皇でお二人が祭神で、
伊勢神宮より古い天皇家の祖神だから、
その勢力が強かったのは当然で、
嶋津之庄が生まれるまでは絶大な力をもっていて、
全国的に信仰を広め、
いま三万社あるといわれる八幡社は皆その権力が建てさせた。
静御前(しずかごぜん)に代表される「歩き巫女(みこ)」も、
この宮が本部で、神道の拡大と支配を示し、
法治国家化教育といった機能を発揮して、
我が国の統一にいちじるしく貢献したことを認識しなければならない。
それは都市の原型である「座」を管理し、
座頭(ざとう)や検校(けんぎょう)などの、
「官位」を授けていたことで、古代の政府だったことが確認できる
言い換えると、この神宮が天皇家の原型であって、
応神天皇の皇居と記録されている
「軽嶋明(かるしまあかる)の宮」は
「鹿児島(かるしま)の阿鹿児(あかる)
=アカゴー=赤児(幼児の八幡)の宮」のようにも見える。
《スメル(シュメール)文明》
「スメル(シュメール)文明」
《パーリ語辞典》
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