2013年6月13日木曜日
一歩先に開国していた斉彬の思索と構想
出典:篤姫を生んだ鹿児島こそ
スメル八千年帝国の理想郷だった
『言語復原史学会:加治木義博』
KKロングセラーズ
254~255頁
「13章 篤姫を生んだ血と歴史と環境」
《一歩先に開国していた斉彬の思索と構想》
「一歩先に開国していた斉彬の思索と構想」
調所笑左衛門が密貿易をしたとして責任を負った鎖国令違反によって、
もちろん黒砂糖の売り上げどころではない莫大な貿易収入があった。
それは「外国である」という建前で、
問題外に置かれていた「琉球国」を活用した、
大規模な貿易収入が含まれているというより、
こちらが主だったのだから… 。
幕府は鎖国していたが、嶋津藩は一歩先に開国していた。
いや一歩でなく、その海外知識は、
あらゆる点ではるかに進んでいた近代国家、
それが嶋津藩の実態だったのである。
そこから生まれてくる世界観、政治経済感覚は、
他の大名たちと大きく掛け離れてしまっていた。
鎖国などしていては、
どんどん進歩しつつある外国に、取り残されてしまう。
それは亡国につながると憂慮していたのが斉彬の真情だったのである。
篤姫の家定との結婚も、
こうした世界規模の思索と構想から生まれたもので、
それを
「一橋慶喜を将軍にする陰謀」とする説は、
実は大変な間違いなのである。
篤姫は慶喜を見捨てた。
それを深く推察できなければ、
斉彬の霊は今も安らかに眠ることはできないと思う。
真実の「篤姫事件」のすべては、
これを中心にしなければ、真相は見えない。
誤解の山に埋もれてしまうのである。
調所の名の読み方や、天保山が大阪の天保山ではないといった、
小事に見えても重大な誤解、その程度の資料による歴史の再構成が、
維新の成立という重大な我が国の運命がどう動いて実現したのか、
という歴史復元のキーポイントにされて、
書かれ議論された結果が、
不正確なものであることは誰にでもわかる。
こういった予想外の展望が開けた事実をよくご認識になって、
それによって維新史は単に篤姫の問題だけでなく、
広範な見直しが改めて必要になったことを、
よくお心にとめてお考えいただきたいのである。
《スメル(シュメール)文明》
「スメル(シュメール)文明」
《パーリ語辞典》
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