2013年5月4日土曜日
加治木銭と海外渡航禁止令
出典:篤姫を生んだ鹿児島こそ
スメル八千年帝国の理想郷だった
『言語復原史学会:加治木義博』
KKロングセラーズ
176~178頁
「8章 豊臣政権の嶋津家への敬意」
《加治木銭と海外渡航禁止令》
「加治木銭と海外渡航禁止令」
こうした海外との貿易で必要になるのは当然金銭である。
初期のころは物々交換などで済んだが、
大量の売買には貨幣がいる。
15世紀の室町時代の始め、
足利義満に明の皇帝から国書が届いた頃、
明の貨幣「永楽銭」を輸入して使うことが始まった。
もちろん我が国にも貨幣はあったが、
ほとんどが社寺の建築や修理の資金として
臨時につくったもので、
その流通量も流通範囲も限られていて、
国家的通貨としても貿易資金としても、
ほとんど何の役にも立たなかった。
それは貨幣をこしらえる工場がなく、
また技術者がいなかったからである。
天下分け目の戦い=関ケ原の合戦で、
敗れた西軍の中で唯一人、
敗北者とされない猛将がいた。
嶋津義弘である。
彼は退路を断とうと襲いかかる
東軍の真っ只中を悠然と進んで堺に出て、
そのまま薩摩に戻った。
これが後世まで将軍家を恐れさせ、
指一本触れさせなかった、大きな原因になっている。
その義弘が、なんと、
中国の明を建国した太祖・洪武帝の
記念通貨「洪武通宝」を原型に使って、
「加治木銭」というものを生産して、
永く流通させていたのである。
「図」加治木銭:表・裏
《スメル(シュメール)文明》
「スメル(シュメール)文明」
《パーリ語辞典》
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