2013年3月11日月曜日
将軍も煙たがった、超別格の大大名
出典:篤姫を生んだ鹿児島こそ
スメル八千年帝国の理想郷だった
『言語復原史学会:加治木義博』
KKロングセラーズ
85~86頁
「4章 邪馬壹国の守護が嶋津家の任務」
《将軍も煙たがった、超別格の大大名》
「将軍も煙たがった、超別格の大大名」
初代嶋津忠久の父が後鳥羽天皇、
義父が武家政治の創始者・頼朝とあっては、
さすがの徳川将軍も一目置くしかなかった。
嶋津という姓は、
羽柴や豊臣や徳川といった成り上がり者の手製の姓ではなかった。
これは代々の大名たちの常識だったから、
大名の権威の拠り所である「武家政治」の創始者・
頼朝の子で天皇の落胤かも知れない忠久の子孫・嶋津家は、
歴代将軍も特別視し、煙たがった、超別格の大名だったのである。
我が家に残る古文書を読むと、
「桓武天皇が延暦十三年(794年)に平安京に遷都したあと、
南九州には同十九年(800年)に、
『百姓の墾田を収めて便に随って班受する=国民が耕やしている田畑は、
みな国家の所有とした上で、あらためて使用を許可し、
その使用料(税)を徴収する』」
という新法を発布した。
しかし、
国司らはこれを悪用して、
勝手気ままに収穫物を取り上げて私腹を肥やし、
賛沢を競いあった。
その結果は無知の百姓は取られるだけ取られて自分らは食うものもなく、
田畑を売り、家を売って浮浪者になるしかなかった。
900年代は、
『天下の人民の三分の二は皆これ禿者(乞食坊主)なり』と、
その惨状が記録されている。
《スメル(シュメール)文明》
「スメル(シュメール)文明」
《パーリ語辞典》
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